マツノヒデマサの温泉取材記
南奥伊豆大沢温泉 大沢温泉ホテル
南奥伊豆大沢温泉 大沢温泉ホテル
(静岡県賀茂郡松崎町)
ホテル詳細

●温泉泉質 単純石膏泉(低張性・弱アルカリ性)
●温泉効能 神経痛・筋肉痛・関節痛・五十肩・運動麻痺・関節のこわばり・打ち身・冷え性・痔疾・疲労回復・病後回復期・病後回復期・美肌・健康増進・慢性消化不良

現代人の心のふるさと 安らぎの宿
 25年前、長女の藍が誕生してまもなく、家内の姉と4人で個性的な宿があるという観光バスドライバーの紹介で行ったのが最初で、その後家族で四季ごとに行ったり、お客様に薦めて仕事で行ったりのとても気に入っている宿だ。
 西伊豆松崎より東へ車で15分走ると、那珂川沿いの長九郎岳の麓にそっと置かれたように、大沢温泉ホテルがある。武田勝頼の重臣であった依田一族の四百年にわたる豪族、大庄屋、炭焼き・織物業の大商家として、揺れ動く歴史を秘めた施設のあれこれは、余りにも静かで重厚な空気を感じさせる。歴史的な遺産を守ろうとの気運が高まる昨今、歴史的、文化的遺産の保存・伝承の一つの理想的な方法を突きつけられた思いがする。この伝承方法は確かに生きているし、迫力があり感動的だ。
 およそホテルらしくない入口をくぐると、正面に依田家の橘の家紋が浮かび上がって見える。この玄関・ロビーのある母屋と離れ、なまこ壁の土蔵の二階にある「天保の間」、総桧造りの大浴場がこの宿のメインである。
  夕食の後、この宿のゆかりについて説明があるというのでロビーに集まった。宿泊客の静まるのを待って、関さんがたんたんと語り始めた。驚いたのは、明治15年晩成社を結成し、遠く北海道に渡り帯広開拓の士として活躍した依田勉三氏は、当家の次男坊であった。帯広駅前には依田勉三の銅像が今も残る。道産子の私には、ジーンとくる歴史を実感。

南奥伊豆大沢温泉 大沢温泉ホテル 天保の間 今回は土蔵の二階「天保の間」を予約していた。土蔵は二百年前のもので、味噌倉、陶器倉、食器倉などが並んでおり、「なまこ壁」の土蔵の二階を改修して一部屋だけ客室にしている。この「なまこ壁」は壁面に方形の平瓦を張り、その継ぎ目を白漆喰でかまぼこ型に塗り上げた壁のことで、生子壁、海鼠とも書く。伊豆では下田、蓮台寺でも見られる。江戸時代、一種の防火建築として発生したものだ。さて、天保の間だが、天井の梁は太さが両手で抱えきれない程の大木がどーんと8m近くも伸びている。照明は全て障子紙越しの柔らかな灯り。大道具、小道具も心憎いばかりの「価値ある古さ」を守る配慮がされている。トイレは水洗であるが、足元の踏み板の上に古い細やかな玉砂利が敷かれていて、古いが清潔感ある工夫がされる。外人客にも人気のある部屋だという。

 食事も他の宿には見られない異色の内容だ。新鮮な鮎の刺身、沢がに・栗などのこの土地ならではの季節感を見せてくれる。とくにこの宿の名物は「桶ずし」だ。かつて豪族であった頃、庭園で毎年中秋の名月の夜に一族郎党が集まり、武田家再興を夢見て酒宴を開いた時に出されたものだそうだ。小さな杉の桶に寿司ご飯と山菜の具を盛り付けたものだ。今でいうチラシ寿司というところか。中秋の名月から5月の節句まで杵と臼でもちつきをやってくれ、宿泊客も飛び入り参加する。
 
南奥伊豆大沢温泉 大沢温泉ホテル 満天の湯 もう一つの名物は、総桧造りの大浴場、女子浴場は少し小さく、男子浴場は湯船が二つ、熱い湯好き、温い湯好きのどちらの客も満足。時間で男女別を交替しているので1泊で両方楽しめる。隣には平成5年に造った野趣に溢れる露天風呂もある。昔は男子用は「ゆ」と書いてあるだけで、女性が入って来ても文句が言えなかった。近くには川原を利用した露天風呂(有料)もある。大沢の湯は、昔から化粧の湯と呼ばれる47度の石膏泉で、柔らかい湯。神経痛、リウマチ、胃腸病、皮膚病等に効能がある。
 この大沢温泉は海岸から山奥に入ってしまうため、伊豆でも知られていない。こんな近くにまだこんな「価値ある古さ」を守っている所があるのかと驚く。長女が結婚し、9月に孫が誕生する予定、25年前を偲んでまた出かけようと思う。(マツノヒデマサ取材)

 
南奥伊豆大沢温泉 大沢温泉ホテル
(静岡県賀茂郡松崎町)
ホテル詳細
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