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第15回
那須湯本温泉〜
芦野・遊行柳
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55日ぶりの歩く旅。脚力に多少不安を感じながら新宿からのハイウエイバスに乗る。宇都宮の定宿カプセルホテルに宿泊し、翌朝5時12分に目覚め、JR東北本線宇都宮駅始発5時24分に何とか間に合うスタート。今回は芦野宿、遊行柳まで足を伸ばす予定だ。JR東北本線高久駅に向かう途中、もやで隠れていた那須岳も新幹線の高架越しに見えてきた。6時04分、日の出とともに鮮やかな快晴。6時28分青空の下、無人駅の高久駅を出て、歩き始める。
左手に行き最初の角を右折し、旧道らしいところを行き、後にバイパスに合流。芭蕉は,庄屋高久覚佐衛門宅に泊まったという。高久家の菩提寺・高福寺に句碑があるというので、那須高原病院に隣接するという高福寺を探す。国道4号線バイパスの高架をくぐり、橋を渡ったところで「ゴーン」と寺の鐘の音が聞こえる。先のT字路でどちらに向かうかと思案の末、走ってきた小型トラックを止めて、運転手のおじさんに道を尋ねる。「そこが高福寺だよ」と教えてくださったおじさんは76歳で黒磯在住とのこと。髪は黒々、肌はつやつやでとても年齢には見えない。思わず記念に写真を1枚。しかし、寺はその橋側からは入れず、ガードを超えて竹林のある裏からこっそり入ることに。
高久家の墓を確認し本堂を参拝した後に、芭蕉句碑を探したがなかなか見つからず、ようやく寺本堂の正面にあることに気がつく。刻まれた文字は磨耗し読み取ることは出来ない。時の流れが感じられる。
T字路を左折し10分で芭蕉翁塚「杜鶴の墓」。7時50分、17号線に合流し、那須インターまで1キロのところで、半袖シャツに着替える。ずっと北西の風が強く吹く。観光街道である那須街道線に入り左手に子安地蔵尊がある。3Dメルヘン水族館前の岩に腰掛けて足揉み休憩。あとは緩やかな上り道をせっせと北上。広谷地信号を通過、幅は狭いが急流な小川のせせらぎを耳にしながらの歩きになる。10時32分、逆Y字路の「一軒茶屋南」交差点先にある「一軒茶屋」交差点のバス停から2キロばかり那須湯本バス停までバスに乗り、帰りは折り返し徒歩になる。(同工程を往復する場合は片道は交通機関の利用をOKとしている)
途中で湯本温泉郵便局に立ち寄る。全国でも珍しい温泉名が付く郵便局で、かつて温泉郵便局貯金をしたことがある。11時18分に「一軒茶屋南」に戻り、Y字路を左折する。道の両側は雑木林で、側道には茸やどんぐり、松ぼっくりなどが落ちている。日差しが強いが、木の葉越しなので柔らかく感じる。長い下り道はやはり早い。東北道の高架をくぐり、立派な屋内プールが目立つ那須町立大島小学校を通過。国道4号線「小島」交差点を通過、左手に義経の下駄石と薬師如来堂がある。中をのぞくと赤頭巾をかぶったお薬師様。
14時45分、踏み切りを渡った左手にJR黒田原駅に到着し、15時15分黒田原駅発上り線に乗車するがふっと気が付くと「次は高久・・・」の車内放送。黒磯駅で折り返し運転の電車に乗ってしまった。それから上り線を待つこと1時間、ようやく乗車できた。こうして、JR那須塩原駅前から、芦野温泉のシャトルバスに乗りこみ17時35分に芦野温泉に到着する。源泉18.6度の芦野温泉は、Ph9.85という強アルカリ性単純泉で、独特の薬湯と合わせて、神経痛、関節痛、筋肉痛、脳卒中の後遺症、貧血症、慢性胃炎、糖尿病、通風などに効果があると評判の温泉で、はとバスの日帰りコースにも組まれている。
翌日、ホテルを9時10分発シャトルバスで黒磯駅向かい、JR東北本線で黒田原駅へ移動。9時50分に駅を発ち、市街地を抜け、なだらかな坂を下る。両側田圃が多く秋の収穫の風景が見られる。黒川を越して上り坂に入る。下ったところで左手に「これより芦野温泉1.3キロ」の看板が早くも見えた。割と早いペースだ。10時50分、JAなすのの先を左手に入る小道に「遊行柳0.8m」の案内板がある。芭蕉の行程どおり、芦野宿へ入ってから遊行柳へと思っていたが、先へ行くことにした。右折するともう正面に柳の巨木が遠景に見える。 手前の田圃は刈入れが済み、今が盛りと咲くコスモスの一群があり、また西側には鎮守の森に面してそばの白い可憐な花を咲かせている。
遊行柳の下に芭蕉の「田一枚 植て立去る 柳かな」の句碑がある。西行を思慕して、柳立つ畦に佇み、早乙女達が田一枚の田植えを終えるまで気付かなかったという情景が理解できる風景である。鎌倉時代の西行、500年後に芭蕉が、さらに54年後に与謝蕪村が訪れている。
私も一句「田の柳 幾世の収穫(みのり)眺めおり」(マツノ)
国道294号(旧奥州街道)に出て、すぐ小道を左折、建中寺へ。武家屋敷平久江家門と構え、樹齢400年のしだれ桜、突き当たりに楊源寺。樹齢600年というご神木のあすなろの木を見る。昨日の芦野温泉に入浴中、うなぎがうまいと聞かされた丁子屋に寄る。文化財の安達家蔵座敷で食事をと所望すると、先客がいたため待ち時間に高野山三光寺へ行く。境内で庭造作をしていた第64代住職伊藤法持氏に声をかけると、「本堂に来てごらん」と「関東33番札所めぐり 奥の細道」を教えてくれた。本堂には黒船来航の2年前、江戸後期作の天井絵が描かれている。明治維新まで藩から150石をもらっていた格式あるお寺だという。帰り道、近くを清掃していたおばあさんに三光寺住職の話をすると「住職は10年前まで、黒羽の雲巌寺住職をしていた」と教えてくれた。お腹も減り、うなぎの丁子屋へ入る。丁子屋(安達家)はかつて奥州街道の宿場の40数軒の内の旅宿として使われた。入り口を入って奥に8畳二間の蔵座敷がある。うなぎ定食は炭火焼の焦げ目ある柔らかい身に肝吸い物、香の物でおいしくいただいた。芦野温泉へ向かう途中、河原町地蔵尊に出会う。享保年間の建立で大きな地蔵様だ。
30分ほどで芦野温泉についた。那須塩原駅行きのシャトルバス時間まではまだ1時間ほどあるので、もう一度入浴することにする。こうして、今回は高久から那須湯本まで約15km、那須湯本から黒田原まで約15km、翌日黒田原から芦野・遊行柳を経由して芦野宿まで約10km、2日間で約40kmを歩いた。流石に全身がパンパんで痛い。定期的に歩いていないと体が動いてくれない。次回はいよいよ福島の白河の関を目指すことになる。 |
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第14回 黒羽〜黒磯、那須湯本温泉 を読む
第16回 遊行柳〜白河の関〜矢吹 を読む
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道を教えてくださった
地元の方

子安地蔵尊

湯本温泉郵便局

薬師如来堂

芦野温泉

高野山三光寺

河原町地蔵尊
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